里に帰ってきて、俺はすぐに暗部に召集された。第三次忍界大戦後の時よりも悲惨な忍び不足に、なりふりかまっていられない状況にあったらしい。
火影は三代目に逆戻り、俺は暗部として任務に就く。
まだ精神面でぐらつくこともあったが、面をかぶり、精神を無にして、ひたすら冷徹に任務をこなすことに決めた。
それからは修羅の如く任務に没頭した。イルカはがんばると言っていた。下忍になって、中忍になって、そしてまたいつの日にか会おうと言ってくれたから、その時まで、俺もがんばるから。
がんばるからっ!!

 

月明かりのない曇った夜空の下、薄暗い林の中で、俺は直線の刀を振り払って血を落とした。足下には任務で殺した男が横たわっていた。
相手は忍びではないし、死体処理はしなくていいだろう。さて、このまま帰るか。
いや、そう言えば今回はフォーマンセル一個小隊で任務にあたっていたから仲間を待って帰還しなければならないんだった。ぼんやりしていると、ついつい以前のくせで単独任務という感覚になってしまう。
俺はあらかじめ決められていた待ち合わせ場所へと向かった。
一見どこにでもあるような林の中のその場所には、暗部にだけが解る目印が付いていた。
俺は人目につかないように身を隠しながらも暇つぶしにとポーチから一冊の本を取り出した。
題名はイチャイチャパラダイス。
先生の形見分けから、この一冊だけをもらった。
先生の執務室はお菓子やらココアやら子どもなら喜びそうなものがわんさかあった。他には危険な忍術書も武器も置いてなかった。先生は、そういえば超弩級に字が下手だった。だから三代目のように書をしたためることもなかった。自分の開発した忍術を後世に伝えることもなかった。結構自分勝手な人だったなあ、そういえば。
そんなどうでもいいものばかりあった執務室の引き出しからこれを見つけた時、俺は結構な時間、どうしようか迷っていたが、これを持ち帰ることにした。
これを手に取った時の三代目の顔はちょっとした見物だった。
う、うむ、形見分けじゃから持ってゆくなとは言えぬが、うむむ、しかしそれは、うむむ、
とか唸ってた。思い出すと少し笑えた。
三代目はしばらく悩んでいたが、この本に俺が18歳になるまで18禁の場面は見えないように封印する術とかいうよくわからないものを仕掛けて俺に渡してくれた。
三代目ってなにげに意味のない術も知ってるよねぇ。やっぱりプロフェッサーだけはあるってやつか。
今はそんなこんなで18禁ではない場所を任務の合間に読む。中身は本当にくだらない小説で、普通の男女が到底普通には口にできないであろうこっ恥ずかしい台詞を連呼しているわけだ。ジュッテーム、とか、モナムー、とか。
くだらなさすぎて笑えてしまう。
著者は誰かと奥付を見てみたが「J」としか書かれていない。大体同人誌だから出所がわからなければそれでもう調べることなどできない。
本当に、どこから手に入れたのやら。

「すまん、待ったか?」

と、気配もなくやってきた暗部の仲間が声をかけてきた。

「いや、そっちの状況は?」

「滞りなく、だな。要人暗殺はどうだった?」

「答えるまでもない。」

「では帰還するとしようか。」

暗部たちは跳躍する。俺はポーチに本をしまうと跳躍した。
イルカと別れた夜から、一年が過ぎていた。

 

火影に報告を済ませると自宅へと戻った。九尾の戦いで、イルカの暖かな家はなくなってしまったと言うのに、俺の寒々とした家は残っている。皮肉なものだった。
家の前の電灯の下に見知った顔の男が立っていた。こいつに会うのも久しぶりだな。

「よう、元気そうだな、カカシ。」

そいつは手を挙げて声をかけてきた。

「あのさ、一応面付けてるんだから名前とか言わないでくれるかな?」

「まあ、そう言うなよ。それよりこれをお前にやるよ。」

そう言ってアスマは俺に酒を手渡した。

「アスマ、俺まだ未成年なんだけど。」

「大丈夫だ、それノンアルコールの酒だから。」

それって酒の内に入るのかなあ?でもまあ、貰えるものは貰っておこう。

「で、どうして俺に酒を?」

「イルカが下忍に合格した。」

さらりと言われて俺は少し動揺した。
そっか、受かったんだ。おめでとう、よかった。イルカ、よかった。
何も言わない俺にアスマはそれだけだ、と言って去っていった。
あいかわらず面倒見のいい奴だ。アスマは俺がイルカの家に飯をたかりに行っていることを知っていた。それでよくからかわれたものだ。通い妻、いや、違うな、飯をたかりに行くんだから通い夫か、ケケケ。なーんて言われていちいち余計なお世話だっ、と突っかかってたっけね。
俺は鍵を開けて家に入った。そして戸棚からグラスを取り出した。テーブルにビンとグラスを置き、そしてやっと面を外した。
はぁ、とため息を吐いた。面に返り血が付いている。まだまだ腕を上げなくては。
まあ、そんなこと、今はどうでもいい。今は、イルカのために乾杯しようか。
俺はグラスに注いで、ここにはいない彼の人を思って乾杯、とグラスを掲げた。

「下忍合格おめでとう。これからイルカは下忍として任務をこなすわけだけど、最初はまだまだ任務っつってもほとんど雑用ばっかりだから。でも気落ちせずににね、下忍ってのはそういうもんなんだよ。雑用ばかりの任務でも、ちゃんと意味はあるし、依頼は依頼だから、真剣に取り組むんだよ。忍びの先輩としてはまだまだ心配だけど、イルカならきっとやっていけるよ。イルカはいつだって努力してきたし、強いよ。イルカは...。」

イルカが下忍になった時のお祝いの言葉は、以前からずっと考えていた。けれど、本人に言うことはできない。会ってはいけないと言われているから。
長い長い祝辞の後、ようやく俺はグラスを口に付けて飲み干した。

「うあっ、これあっまいなぁ、おいっ。」

俺はちょっとむっとした。俺が甘いもの苦手だって知ってんだろうにアスマのヤロー。
だが、俺は一人っきりの祝杯を上げるために、また甘い液体をグラスに注いだ。